北村薫街の灯 (本格ミステリ・マスターズ)文藝春秋,2003


北村さんの新たなキャラクターとも言うべきベッキーさんが登場します。内容としては、「昭和が舞台に社長令嬢の花さんとその運転手・ベッキーさんが謎を巡る話。ミステリ連作短編集」
素で「ごきげんよう」の挨拶が飛び出します。時代が昭和なのでそういう描写がちらほら。最初はそんな風に固い感じがするのですが、ベッキーさん(主人公のわたしがつけたあだ名です)が運転手として花村家にやってくる辺りから急に華やかになります。
そんなベッキーさんとの出会いを描いた「虚栄の市」では、自分で自分を埋めたという奇妙な死体を巡るお話が。昭和を舞台にしているので、動機などの事件の背景にも影響を与えています。今回の謎の手がかりは江戸川乱歩の小説でしたし。
銀座の名物・時計塔とお姉様との交流から起こった謎を扱う「銀座八丁」は、この本に納められている三話の中で一番ほのぼのしてます。これだけは日常の謎系譜なんでしょうか。暗号めかした手紙を軸に、学校のお姉様やハイカラな父、憎めない兄など豊なキャラクターが動き回ります。ベッキーさんの新たな特技も出てきますしね。
夏に軽井沢の別荘へ行く話とそこで映画を見ていた際に起きた事件を描いた「街の灯」ですが、章題は映画のタイトルのようです。
人とのやり取りや風景の描写、事件の真相や顛末なんかに昭和初期っぽさが漂っています。実際にこの偉大を生きたわけではもちろんありませんが、なんとなく想像がつきます。そんな昭和の空気を味わうことができました。
ベッキーさんが大活躍する話かと思ったら、ちょっと違いました。まだ、女の運転手さえ珍しい時代の話ですし、そもそも自由が利かないのでお嬢様である「わたし」にアドバイスを与える感じで進んでいくのです。謎が多いのもベッキーさんの魅力です。シリーズ化されているのかな? ぜひ続きも読んでみたいです。
巻末には田中博さんの北村薫論と、北村さんのインタビューが付いています。どちらも北村さんのファンにはたまりません。
北村薫論では、円紫さんと私シリーズの「砂糖合戦」について特に語られているのですが、シャーロックホームズが依頼人に関する情報を推理し突然驚かせる手法と同じことが使われているという話に驚きました。言われてみればそうだ、と。砂糖合戦はシリーズの中でも一番好きな話でしたが、新鮮な感じを受けました。
インタビューにおいて。覆面作家時代は、同じく円紫さんと私シリーズの「私」の名前を北村薫にしようとしていたとか、「私」はこのシリーズでのみしか使われていないとか知っていると楽しい情報も載っていて最後まで面白かったです。


この小説が好きな人にお勧めする③
③ 平井骸惚此中ニ有リ② 人間失格① 覆面作家は二人いる
①こちらも資産家のミステリアスなお嬢さんが探偵役。北村さんの『覆面作家は二人いる (角川文庫)』主人公は編集者でお嬢さんは新人の作家さんという設定。
②そのあたりの時代背景を知りたいかたに。太宰治さんの『人間失格』ちょっと時代が違いますか。→感想
③こちらは大正を舞台にしたミステリ作品。田代裕彦さんの『平井骸惚此中ニ有リ』シリーズ。街の灯ほど固くはありません。→感想