養老孟司の“逆さメガネ”

養老孟司の“逆さメガネ”  Amazon
養老孟司養老孟司の“逆さメガネ” (PHP新書)PHP研究所,2003
養老孟司さんの作品感想


雑草の名前を覚えても仕方ないという考えと同じで、子どもに関心を持っても仕方ない……そんな強烈な書き出しで始まる教育論的な本。「子どものように、「どうなるかわからないもの」、それがじつは自然というもの」であり、「自然は根本的に正体不明」なので受け入れられないという、考え方には妙に驚かされました。
あるいは、自然そのものには「価値がない」という、インパクトがあるもののある程度の反感を買うような主張もありました。しかし、自然が価値がない、現実ではない理由を「百円玉だと拾うけれども、ヒゲボソゾウムシでは足を止めない」という話などから、現実とはなんですかという問いかけられると納得したくなります。


子育てはシュミレーションが効かないのに、ある程度は予測を立ててしまうのは人間の性ですかね〜。「ああすれば、こうなる」なんてないのに、どこかで信じてしまっている部分あるかも。
教科書は検定するのに、多分それと同じくらい接することになるテレビに検定がないのを不思議に思う感覚は、私も持ちたいなと思いました。あと、物事に対する体の使い方を教えることが出来ないからといって、禁止してしまうのは変じゃないかという話に共感。子どもの都合よりも、親の都合のほうが優先される世の中ですからな。


一番新鮮に感じたのは、しゃべるだけがコミュニケーションじゃないし、体の使い方で伝わるものもあるという話です。文武両道を取り上げているところ。肉体労働と頭脳労働を「別だ」と思ってる一人だったので。
文武両道を入力と出力という流れで捉え直してみると、確かにもやもやしたものがすっきり収まったのですよ。出力は入力の変化をかならず引き起こし、その入力によって出力が変化すると言う当たり前のことも、指摘されないとなんかまとめられてませんでした。
情報は永続しますが、人間は消えます」も、これまで逆に思っていましたね。「個性とは、じつは身体そのものなんです」「身体は個性ですが、心は共通です」この辺りの話はものすごくためになりました。
まあ確かに、本の感想を書いおけばそのときに感じた感想文という情報は残りますが、そのときの私の心が残ってるわけじゃないですもんね。だから再読すれば、必ず違う感想を持つだろうと予測されるわけで。この本は大変面白かったので、何年後かにまた読んでみたいです。


あとこの本のテーマとは関係ないですが、自分の持つ仮説を元に対象を読み解いていくことの楽しさが、少し分かったような気がしました。