赤朽葉家の伝説

赤朽葉家の伝説  Amazon
癒し⑤燃える④恋愛①
桜庭一樹赤朽葉家の伝説東京創元社,2006


第28回吉川英治文学新人賞・候補作。赤朽葉家の女性三人の物語が描かれています。現代を生きる赤朽葉瞳子の視点により、第一部「最後の神話の時代」では祖母の万葉、第二部「巨と虚の時代」では母の毛毬、第三部「殺人者」では瞳子自身の話が語られます。


最後の神話の時代」元々の赤朽葉の人間ではなく、不思議な生い立ちをもつ少女として万葉は登場します。万里眼とか未来視とか言われる不思議な能力を万葉は持っており、空飛ぶ男の幻を見ることに。
平凡に暮らすに万葉に突如接近してきた、赤朽葉家の主ともいえるタツとの邂逅を初めとして、出目金こと黒菱みどりの兄の話や”辺境の人”の話、不可解な強い風が吹き荒れる山下ろしを経験しての赤朽葉家への嫁入りとか、波乱に満ちた人生を送ってますね〜。瞳子による語り口がまたいい。
物語の後半では、赤朽葉家の大黒柱であるタツの代わりを務められるように万葉もがんばってます。ストーリーキングという奇行に及んでまで男の気を引き止めたいと考える女の話も面白かったな。最後の万葉とみどりのハイキングも意味深ですし。


巨と虚の時代」万葉から娘の毛毬へと焦点は移っていきます。レディースの総長やってたりとか、随分やんちゃしてる娘ですよ。
近くにいたら怖いかも知れないけど、筋の通らないことはしない毛毬はきっぷがよくて好きだな。要領よく学業も遊びもこなす毛毬の親友・チョーコと過ごす日々や別れなど、充実した青春を送っている様子も、読んでて楽しい。
毛毬が異母妹を見ることができなかったり、弟が引きこもってたりと色々問題はあるものの、個性豊な兄弟に囲まれていて幸せを感じていたと思います。
毛毬が選んだ仕事にはびっくりした。仕事の成果によって成り上がっていくところが、子ども時代を知っている身としてはうれしかったですね。しかし、それが最初のうちだけなんだから、皮肉なものです。


殺人者」家族がバラバラだったり居候がいたりと、妙なバランスが保たれている赤朽葉家の瞳子の話。瞳子フリーターとして家でぶらぶらしています。
そんな瞳子が動き始めるのは、万里眼の祖母から死ぬ間際に伝えられた言葉が原因となります。彼氏のユタカの二人で謎を調べていくことに。万葉の万里眼の話と絡んでミステリっぽさがありますね。
それと平行して、日常をなんとかやり過ごさなければならず、強い男とはなんなのか、働くことについてのジレンマ、祖母である万葉への思いなどで瞳子は思い悩みます。これまでの激動時代の物語は、最後のこれのためにあったのかも知れません。


この物語を読んで、世代間によって随分と感覚に違いが出て来るんだなということが、強く印象に残っています。赤朽葉家が営む経営の変遷や所々で出てくる時代を代表する出来事など世代による感覚の違いが結構描写されていますから。また、赤朽葉家という家に住む三人の女性を比較しても、そう感じられます。
よくよく考えてみれば、身の回りにもこの手の話題はゴロゴロしてるかな。このブログ関連で挙げれば、ラノベという狭い範囲でも出てくるでしょう。
ラノベという小さい範囲の話題を語れと言われても、ライトノベルを読み始めた今の中高生と私じゃ、ラノベのイメージに個人のズレを越えた大きな差があると思うし。言葉は通じても、何となく感覚的なものの齟齬が出てきそう。
ましてや、本というものに対するイメージなんてもっとかけ離れている気がします。漠然としてますし。


そんな風に物事の捉え方に違いはあるものの、もちろん共通することもあります。赤朽葉家の三人なら、違う文化圏へあんまり足を伸ばそうとしないこととか。
赤朽葉家の経営事情などから海外や都市など外の世界の話は出てくるものの、万葉の興味はそこへは向かいません。最初は地球儀も知らないくらいですし。舞台となる村を出て行く描写もほとんどなかったと思います。
また毛毬は、暴走族でも仕事でも外の世界と接触しているのに、その目が外に向かうことはなく家に向けられています。家族の話が多かったです。そして瞳子は、交通も便利になり情報も入手できる現代に生きながらも、家から離れることはありません。
本のタイトルに伝説とついているくらいだから、大きく世界に打って出ていく話でもおかしくないのに、どうしてもみんなこうも内にしか目が向かないのか不思議です。
……とここまで書いて当たり前なことに思い至ったというか思い出した。この物語は全部瞳子の視点で語られているんでした。全部同じところに目が向かってても当然ですね。
……いやいやでも、祖母の万葉が瞳子に語って聞かせた内容でもあるんだった。やっぱり不思議不思議。


そもそも「伝説」ってこの本のどの部分が当たるんでしょうね。第二部までの話が伝説で、第三部はその伝説を追い求める話とも言えそうです。
でも私は、瞳子の話も含めてだと思いたいです。荒波にもまれるような人生じゃなくても伝説だと思うのですよ。
自分の人生は誰にも真似できないんだから。誰にも語られない伝説があったってもいいと思う。伝説は語るものじゃなくて作るものなんだよと、どこかの歌のようなことを言い放っておきます。
……いやいやでも、伝えられる説だからこそ伝説か。
(追記)あっ、そうか。この瞳子の物語も全部ひっくるめた「伝説」は、読んだ私の中に語り継がれるからいいのか。誰かに伝えれば伝説か。意味わかんないでしょうが、長々と書いておいて自分で勝手に満足しました。すいません。でも、一応語るってことは大事だと思ったんで書いとく。


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