スロー・リーディング その10

・32〜38ページ


「まずい……。あたしの中にある欲望は、日々膨らんでいた。(略)まるで飼い殺しである」
真琴ちゃんの自宅へ遊びに行った帰りに道の独白。真琴ちゃんを好きになった瞬間を淡々と語っていたこととの対比でしょうか、なんとなくコミカルな自虐的文章です。「飼い殺し」の単語チョイスなど。


「「どうしたのだね、恋に悩む乙女よ」妙に芝居がかった声がした。」
和人の登場でシリアスではなく完璧にコミカルな雰囲気になりましたね。


「「……悩んでないわよ」不機嫌に言ってみる。」
不機嫌に言ってみせているので、相手(和人)に不機嫌であることを知らせたい、そして和人の芝居にのることで軽く流したい意図があるのかも。


「和人は、あたしの秘密の恋を知っているのだ。おそらく、彼の言葉には深い意味などなかった。(略)だが、そういうことをわかっていても、あたしは傷つき、むくれた。」
けれども軽く流すことに失敗するわけで。何か原因があるようではないので、ふとした気の緩みでしょうか。和人は既に秘密を知っているので、この話題も何回か出ていると思うのですが……。
この後、軽口の応酬があるし流れ的にはコミカルなのですが、完璧にスイッチ入ってしまっちゃってます。


「泣いたのなんて、ずいぶんと久しぶりだった。お父さんが死んじゃった時も、お母さんがどうかしちゃった時も、あたしは泣かなかった。」
和人の前で動揺してしまった未明。この時に限って泣いてしまった理由も気になるし、時系列も気になる。
ここまでで確実に分かるのは、「1年前に真琴ちゃんを好きになり」「半年前くらいから和人と知り合った」ということくらいだと思われ。一体父親はいつ亡くなったんだろう?
これまでの描写から、父親が亡くなってからある程度時間は経っているようだし、間に母親の入院もあるはずだし……。
そもそも、和人とお姉ちゃんが付き合い始めたのはいつ頃なんだろうと思いつつ読み返してみたら、ここまでの時点では和人とお姉ちゃんとの関係が描かれてはなかったのでした。


「泣いている! あたしが!」
「そもそも、(略)泣かない可愛くない子供だった。それなのに、なぜ今、あたしは泣いているんだろう。」
感嘆の言葉で倒置法を使ったり、接続詞を過剰に用いてあたしが泣いてしまったことをことさら強調しています。さきほどの文章とも合わせて考えると、この時泣いてしまったのは非常に重要なことと思われます。未明の疑問は読者の疑問とも重なります。


「涙がボロボロとこぼれ、頬を伝い、地面へと落ちていった。」
普通泣いたりしたら手でぬぐったりすると思うのですが、そういうことはしていなさそうです。泣き出してしまったことに自分自身で驚いてしまって、軽口叩きながらも呆然と立ち尽くしているイメージ。


「悪かったから……その、ごめん……」
和人が狼狽して漏らした台詞。もちろん、未明が泣いた理由は分かってないと思われますが、この和人のなんとなくの謝罪(?)を普通に受け入れています。この涙のきっかけとなったやりとりとの対比かも。
「なるほど」
「なにがなるほどよ」
「いや、なんとなく」
「むかつく」


「なんか、女に泣かれるのって……苦手」「得意な人なんていないわよ」
ここは挿絵も挟み込まれている場面です。金曜日の階段での出来事を平然とやってのける和人でさえも、普通なところもあるんだなと思わされるやりとりですね。
ここまであまり和人の素性は明かされていないのですが、超然とした人物ではないことが伺えます。


「なんだか……わかるようなわからないような理屈ね……」
泣かせたことに罪悪感を覚えた和人の唐突な提案に対する未明の反応。「わかるようなわからないような理屈」という言葉が印象的です。