船に乗れ!〈1〉合奏と協奏

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藤谷治船に乗れ!〈1〉合奏と協奏』ジャイブ,2008
藤谷治さんの作品感想


過去を回想する形式で語られる物語。序章は視点がぼやけているような印象を受けたのですが、なんかその時点でもう虜にされていました。これは絶対に面白いという確信が、どうしてか分からないけれども沸いてきたのですから。わくわくが止まらなかった。
ものごころつく前からピアノを弾き始めるなど、音楽に囲まれた一家に生まれた津島が主人公。チェロを弾き始めるものの、芸高に落ちてしまい女子校に近い男女比の私立高校に入学することから物語は動き出します。


一目見たときから恋に落ちたヴァイオリン専攻の南との話だったり、演奏技術がトンでもないのに組まれたオーケストラの話をメインに展開されていきます。演奏には自信のあった津島が、オーケストラの、合奏の洗礼を思いっきり受けることになる場面は、悪戦苦闘する姿が面白かったですよ。
最初はかなり自信過剰なやつとして描かれているけれども、音楽には真摯に取り組んでいるから憎めない。オケでの奮闘が楽しいのは、これが理由なんだろうな。
演奏技術はあっても、なかなか高いレベルを目標にしているから満足いく演奏はなかなかできなくて、そんな中で、「いろんな気持ちがあった。だけどこのときはうまい具合に、その中から一番いい気持ちに焦点を合わせることができた」とあると自分のことのように喜んでしまいますよ。
そう、音楽に対する姿勢は本当に真面目。語り口は真面目一辺倒ではなくコミカルなんだけども、その差が魅力。「音楽が始まれば、その音楽だけが目的となり、あとのものごとは一切が音楽の従属物になる」とか高校生が考えてしまうんですから。……言葉だけ抜き出すと誤解されそうな気も。本当に素敵なんですよ?


音楽を通しての津島の成長物語を楽しめます。周囲にレベルの高い人がたくさんいていい刺激になってますし、なにより家族がすごいのばかりですからね。一番はおじいちゃんでしょう。おじいちゃんとバッハの組み合わせは、ぎゅーときた。敵わないな。
最初は周りのレベルが高すぎて、プレッシャーに津島の心が折れちゃうんじゃ……と心配しましたが、語り口がさわやかで劣等感などを感じさせません。読みやすくて安心しました。
大人だけではなく、フルートの伊藤とか同学年でも切磋琢磨する相手はいます。なんか伊藤は口数少ないんだけれど、そこに妙に惹かれます。津島と伊藤がどう付き合っていくのか気になるところ。
演奏技術的なレベルだけでなく、器が広い人もいますよ。倫社の金窪先生の授業が面白かったな〜。こんな授業受けたいって思わされました。哲学系の本とか読みたくなりましたよ。描写は多くないけれど、金窪先生と津島の交流も見物でした。


また、音楽とともに高校生活の大きな割合を占めるであろう、恋愛事情も満載です。一目ぼれした南がすごく魅力的なんだ。津島が初めて目の前で演奏したときの、熱に当てられたようでいて素っ気無いような態度とか。気になる存在にならざるを得ないですよ。
私にとってのキーポイントは、初めて津島と音を合わせたシーンです。このときの南を眺めていることで、私の心も完膚なきまでに陥落しました。近づけば近づくだけいいところも悪いところもいっぱい見えてくるからいいなー。
そしてそして、甘い言葉を面と向かって囁くだけではなく、隣に立ってチェロをヴァイオリンの音に添えることで伝える愛情表現があるとはね。愛の告白よりもよっぽど恥ずかしい思いをしました。そんな真摯に演奏されたら、私の顔も上気しちゃいますよ。
恋愛で言えば、津島の淡い恋心を見抜きちょっかいと親切をかけてくれる鮎川の存在も大きかったな。そんな鮎川のことも、ちょっとは気にかけろよと思っていたところで、モノローグが入ったり………。


物語の緩急が絶妙でしたね。音楽で例えるなら、フォルテとメゾフォルテの違いはもちろん、同じフォルテでも場面によって使い分けるみたいな感じ……じゃ分かりづらいよね。
とにかく、高校生活の一年が凝縮されているので、イベントも多いです。初めて出会いや文化祭に向けての動き、オケでの冷や汗をかいた経験、コンサートでの演奏。それらの音符を、予想以上に多彩な演奏記号で強弱緩急をつけ、素敵な青春音楽にまとめ上げた藤谷さんに喝采を送りたいと思います。最高に楽しかったー。


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