ミノタウロス

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シリアス10
佐藤亜紀ミノタウロス講談社,2007
佐藤亜紀さんの作品感想


地主に成り上がった親父を見て育った息子・ヴァシリの物語。小さい頃から話は始まりますが、常にシニカルな視線で語られています。
この本に納められている物語は、まさしく表紙の茜色に染まった風景がずっと続いている感じ。シチェルパートフと逃げ出そうとする前後で多少動きがあるものの、終始ヴァシリの日常は、この風景は変わりません。
父親に始まり兄や大旦那のシチェルパートフ、あるいはその時々で付き合いのある人物や主に性的な興味を持った女性と、雑多な人間が登場しては消えていきます。内容的には怒涛の人生だと思うのだけれど、すごくゆっくり時が流れていきます。矛盾してるけど。


この本の中には矛盾がいっぱい詰め込まれていたと思います。生きたかったり死にたかったり、下品なのに純情だったり、人間じゃないのに人間の格好をしていたり、さほど厚い本ではないのに読み応えがあったり。ごろつきどもが映画を見ているシーンも、些細な描写ではあるものの印象的。
荒野をひたすら一人で走り回るヴァシリの姿は、物寂しくもあり芸術的でもありました。たとえ本人に目的がなくても、迷走していたとしても、ただ走ってるだけで絵になるし価値があると思う。


唾棄すべき殺戮兵器である機銃を取り付けた馬車だって、一個の絵として無人でたたずんでいたら、嫌悪感を覚えるどころか物悲しさがあるというか、神聖な雰囲気がありませんか。
どんな悲惨な、非道な、陰鬱な人生だって、終わってしまえばそういうものになってしまうんじゃないかと考えたりも。なんか色々矛盾しているような気がするけど、それが人間ってものじゃないですかね。


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