風が強く吹いている

燃える6コミカル3泣ける1  <ピックアップ>
三浦しをん風が強く吹いている』新潮社,2006


『一瞬の風になれ』の、今はなきブクマ感想集作成中に発見したもの。直木賞受賞作後の第一作。
竹青荘で食事などの雑務を担当している、夢を秘めつつも怪我で陸上を一時離れていたハイジ。そんなハイジが、ひょんなことで知り合った走(かける)を中心に、陸上初心者ばかりの竹青荘のメンバーと共に箱根駅伝を目指す話。
竹青荘のメンバーはおかしなやつらばかり。恋人が欲しいお年頃の双子の兄弟・ジョータとジョージ。司法試験合格したユキと大学五年生のニコチャン先輩。理工学部の留学生のムサと田舎からやってきた神童。クイズが大好きなキングと二次元にしか興味のない漫画オタクの王子。そしてハイジと走の合わせて十人。
最初は奇妙な住居・住人たちの登場で笑ってしまい、駅伝に巻き込む強引なハイジの理論にも笑わされた。もう初っ端から、一癖も二癖もあるこの住人たちがいかに駅伝に挑むのか興味津々。


駅伝に参加することを決めさせたハイジに、拍手を送りたいですね。古傷を抱えつつも箱根に挑戦するという夢を抱き続けるハイジの思いが、みんなに魔法の粉をかけます。初心者ばかりの住人たちのやる気を引き出すハイジの手法は神懸ってますね。
まあ、陸上が初めてと言いつつも、基礎体力はある人が多いけど。最初に彼らがどれだけ走れるか5000mのタイムを計るんですが、私の陸上部現役時代のベストタイムでも十人中六番目に入れるか入れないかくらいだし。自分のしょぼさが身にしみるよ。
なんにしても、ハイジは人を見る目がある。ハイジの生き方も素敵で、ときどき熱い思いを吐露する場面は胸が熱くなりますね。でも、酒に酔ってるときに暴露した、みんなを駅伝に巻き込んだ根拠はバカだろ〜。まあ、どこまで本気か分かりづらい、人を食った性格のハイジならではか。

結果ではなくより強い走りを目指してる、箱根駅伝の王者・六道大のエース藤岡もかっこいいな。彼に走はライバル視されますが、走は住人たちと自分のモチベーションに隔たりがあるのではないかと悩んだりします。また、走の過去の因縁もついて回ります。
ハイジや藤岡にひっぱられながらの走の成長が心地よかった。走といえば、恋の話も微妙に出てきます。もっとも、気づくまでに時間かかりすぎだけど。鈍感さに乾杯。
合宿中に手伝いにきた葉菜子を巡る双子の恋の行方やら、その葉菜子が指のあいだからきらきらした目でしっかり覗いていることやら、ユキの秘密兵器やら、「『好きなら走れ』。以上」とか。ページ数も多いけど、隙間なく笑わせてくれるな〜。長くても緩急がちゃんとついてて楽しく読めちゃう。


充実した時間を過ごすうちに、いつの間にか予選会がやってくるのですが、どうしても足を引っ張ってしまう王子のタイムを作戦でカバーできるかどうか気になってドキドキしちゃったよ。
走ってる最中はメンバーも色んなこと考えてますが、私はどんなこと考えながら走ってたっけ。ご飯の内容とか、走り終わった自分へのご褒美は何にしようかなとか考えてた気がする。ろくなこと考えてないな。
まあ、私みたいにバカなことを考えてる人もいますが、駅伝メンバーぎりぎりの人数だしみんな長所を生かして精一杯走ります。仲間のため、恋のため、家族のため、就職のため、そして何よりも夢のために。
ハイジの走りや決意にはもう涙が出そうになった。というか、十人全員の思いに私は惚れた。それぞれの強さを手に入れようとする姿に惚れた。これを読んでしまったから、陸上をもっと続ければよかったと後悔しましたよ。
陸上部で長距離に所属してた私からしたらこれ以上ない最高のストーリーライン。笑いあり涙ありで、私の中では一番好きなエンタメ小説になりました。駅伝を見たことがある人なら読んだほうがいいと思いますよ。
同著者作品感想
この小説が好きな人にお勧めする③
佐藤多佳子さんの小説『一瞬の風になれ』短距離選手の物語です。→一巻感想
坂田信弘さんの漫画『奈緒子』駅伝選手の物語です。
高橋しんさんの漫画『いいひと』箱根駅伝に関する物語もあります。
① 一瞬の風になれ Amazon② 奈緒子(文庫版) Amazon③ いいひと(文庫版) Amazon